楽響



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釣りにおける感性

岡潔は、「数学は情緒である」と言いきった。
ダビンチはその手記において、その感性であらゆる地球科学を見抜いた。

何かを観察するにあたり、察する内容は観る者の目次第である。
例えば古代の人々が自然に関して深く察した内容が、
果たして今の我々に同等に感じれるのか。
科学が、自然の摂理から学びとった法則のほんの一握りであれば、
その科学に包まれた都市に於いては、一握りの中のさらに一握りの感覚しか得られない。

人の中心は情緒にある、
情緒さえしっかりしておれば、あらゆる自然の成り立ちを素直に受け入れることが出来る。
この、あらゆるモノに対して客観性を備えた自然な態度こそ、
彼らの保有した優れた感性ではあるまいか。

教育により、世の成り立ちを解きほぐした科学を知ったつもりではおれど、
実際に個の感性において地球のあらゆる現象と対峙しない限り、机上の空論で終わってしまう。
知識を誇れど、単なる覚えた言葉であれば、ウィキペディアで十分だ。

社会の中において、個の感性を押し出すべき状態は少ない。
効率をとれば、皆が教科書にある優れた方法で動いた方が事が早い。

しかし、この状態が続くのであれば、
個は消え失せ、その感性は効率のよいとされる手法によってかき消され、
大量生産の何かのように
人は物と化すのである。

しかし、我々釣り人においては、
社会のくだらない効率化から離れた、美しい湖や川において、
相手として対峙する美しい鱒が存在する。

鱒に近づくには、
我々は自然の摂理を意識せずとも紐解きはじめ、
個の感性において、意識せずともその情緒をブンブンと働かせ、
このタフな釣果はどうしたものかと、
シャカシャカと磨き上げているのである。
by rakkyouh | 2012-02-22 00:23 | トラウト

五感以上のもの (5+α= )

夜が明け始めの湖畔にて

視覚から景色のグラデーションを味わい
聴覚から生物達のリズムの変化を味わい
触覚から道具に伝わる温度変化を味わい
嗅覚から空気の動きによる変化を味わい
味覚から煙草の甘さによる変化を味わう

加えてわれわれは、
あらゆる経験のリンクによる想像を味わう。
これは
5感を統合して湖畔の夜明けを感じたとき、
今が一体どんなものなのかを自分で自分に説明する、
感覚+αの主観的な例え話である。

+αは何から現れるのか。

その源泉は例えば、

濃淡の優れた墨絵かもしれぬ、ドラマチックな映画かもしれぬ、
味わいのある油絵かもしれぬ、壮大なクラシックミュージックかもしれぬ、
アフリカの生命感溢れる歌かもしれぬ、意味のわからなかった現代アートかもしれぬ、
バランスの完璧な料理かもしれぬ、....etc

こういった心に響いた数々の事象が、
湖畔にて夜明けを味わうとき、
感覚達をつなぎ合わせる。このあらゆるリンクからフッと一筋現れるのが+αである。
言い換えれば
+αの源泉が増えれば、より的確に自然を表現することが出来る。

よって、湖畔以外においても、あらゆる経験をより深めていく行為こそ、
自然に近づくことへの第一歩であり、魚の気持ちに近づくことの礎である。

+α=感受性である。

ゆえに

5+α=釣り人としての成長

である。
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by rakkyouh | 2012-02-09 00:42


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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