楽響



科学と心理

やる気のある人間が一人いたとする。
その対象に関し、志をともにして、やる気の起こる人間が出てくる。

この場合、
言葉を介すか、行動を介すか、何れにせよ、相手にやる気が伝わったことは間違いない。
これは熱伝導率の高い相手を意味する。

逆に、
その対象に関し、全くやる気の伝わらない、冷めた者がある。
これは熱伝導率の低い相手だ。

熱伝導率とは何によって決まるか?

相手の興味の対象である。
そこに共通する志があれば伝導し、
逆に、
異なる興味が湧いている状態であれば、伝導しない。

例えば、
太古において、
集落の食料がなくなり、いざ未踏の荒野へ踏み込む。
一声音頭が掛かれば、皆一同に槍を天にかざすであろう。
現代において、
生きるに必要十分な生活を送っている。
いざ、仕事において、いざ困難な事象に立ち向かえと音頭がかかる。
一か八かのような指令に対し、その結末をそれぞれが予測する。
ある者は高揚し、ある者は躊躇する。

太古のスタイルであれば、
皆が同じ困難を抱えるため、伝導率は高いだろう。
現在のスタイルであれば、
経営に関する困難が、末端の従業員の生活と即座に連動しないため、伝導率は半々だろう。

では、現在の場合にはどうすればよいか?
これはもう立場の上の者が、末端に強制するしかない。
強制された大衆は、ポジティブあるいはネガティブな意見をもつだろう。
これがエネルギー保存の法則である。
ポジティブな領域があればあるほどネガティブな領域が比例して発生する。

太古においては、食うことが出来ないという集落全体の負荷エネルギーの対価として、
未踏の地に立ち向かう正のエネルギーが発生する。
現在においては、人間の食欲に関して言えば、
何も不自由しないという正も負もない0のエネルギー状態にあり、
波風を受け入れ難い状態にあると言える。

ということは、101人いたとして、
そのなかの1人が強烈な意志を宣誓すれば、
50人が正のエネルギーとなり、
50人は負のエネルギーとなるのだ。
量で言えば、51の正と、50の負が等しい。一人一人では、負の方が大きい。

では、負の50人を動かすにはどうしたらいいか?
これはもう、101人が全て、食うに困る瀕死の状態になること以外にないのである。

よって、
そのような状態になってこそ、
101人のフルパワーが発生すると言える。

逆に、
上手くいっている状態にあると、
上記の通り、半分の力しか出せないのである。

この観点からいくと、
会社に例えれば、
上手くいっているときは、ピンチの後に101人が力を出し切った結果であり、
上手くいかないときは、これからピンチになり、101人が力を出し切る状態になる。

これはサインカーブに例えることが出来る。
サインカーブも、正と負をみれば、足す引く0。

どちらが面白いかと聞かれれば、ピンチだ。
ピンチを乗り切る音頭を取れたら、ピンチの状態にある場所に移動する。
これが正のエネルギーを湧かし続けるものの宿命か。

以上から、
科学と心理はお互いに何かありそうなものである。
ポジティブな捉え方をすれば、役に立ちそうである。
もっと色々考えてみよ。



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by rakkyouh | 2015-01-12 22:23
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気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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