楽響



U guys ready for 桜?

科学とは
数学の理論に基づき、その仮定に由来す。

数学は、数字という”仮定”に基づき、
例えば、
我々が言葉を発し、その音を相手の鼓膜に伝える会話のような、
無毒極まりない発展的例え話である。

しかし、科学は、
その人間だけが勝手に作った数学の延長線上の想像において、
あらゆる生物が存在する共有すべき地球に関し、
あさはかにも我々一種のみにおいて乱用し、
勝手に応用するという実験をしているとものと言える。

小学生時代、理科の時間、こぼした液体を雑巾で拭いたら穴があいた。
硫酸だった。
普段の生活においてあり得ないことが起こる。
数学で雑巾に穴を空けることはあり得ない。
言葉で雑巾に穴を空けることはあり得ない。

我々の都合の延長線上において、
我々の尊ぶ鱒族は
我々が呼吸するように、科学の負の一部を我知らず体内に取り込み続けている。
これは
未だかつて無い人類の汚点である。
よりよい快適な暮らしを求めた結果
獲物を得る目的すらもたない、ただの実験の失敗になりくだった。

ただ生きる為に他を殺し、食べる、
この単純なことさえ、
科学は不可能にした。

猿が人間に進化したと言う。
しかし、
何故、今なお、猿のまま生活する種があまたにあるのか?
突き詰めれば、何故単細胞の生物が太古からその姿のまま存在するのか。
彼らは発展の途を予見し、否定し、
単純な姿であることを効率的と判断し、保持したかも知れぬ。

さて、
我々と単細胞生物、
どちらがこの先、生き残る数において優れているだろうか。


そんなことを考えつつ、

いざ、

雪代押し寄せる川面を流れる、
散った桜の花びらの下に潜むであろう、
尊ぶべき存在との出会いに期待を。
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by rakkyouh | 2012-04-04 00:42
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気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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