楽響



秋本栖

鬱屈デ暗ヒ驟雨ノ中ヲ
湖畔ヘトエイサエイサト馳セ参ズレバ
周囲ジワリジワリト明度増スルニ従ヒ
富士ヤマカラノ風ビュウビュウト強ク
前夜二思ヒ描イタ心地ヨヒ早朝ノ情景モ吹飛ビ
大波立ツ湖面二向ヒ
イザ大鱒ヲ引キ出サント疑似餌ヲ投入ス。

早朝ノ麦酒ヲススリツツ
頃合ヒデアロウト思ワレタ
早朝七時モトウニ過ギ去ルニ
魚信ノヒトツモ現レルコトナキ故
ツヒニ
我ガ8米ノ長竿ヲ
ヨイサヨイサト伸バシツツ
蛍光ノ浮子ヲ取付ケナガラ
エイト針先二
イクラヲ装填ス。

疑似餌ニテ得ラレル結果二対シ
餌釣リデノ結果ヲ比ブレバ
自ズトソノ実力ノ差ガ比較サレルト思ヒシニ
本日疑似餌ト餌トヲ持参ス。

浮子ハ波間デ揺レナガラ
我ハ何スルコトナク浮子ヲ見ツメシ在リ。
タバコナドフカスモ退屈セルニ
ヤレ疑似餌デモセントヒトタビ巻キクレバ
小サナ鱒ガ食ライツキ
我ボウズノ袈裟ヲ疑似餌ニテ脱ギ捨テル。

刻々ト時ガ過グルニ従ヒ
我モ足場ヲ変ヘツツ岬ノ先端へト到達スレバ
今度ハ浮子ガスイスイト
気ガツケバ3タビ鱒ヲ釣上ゲル
浮子ヲミツツ疑似餌ヲ投ズレバ
巻キ途中ニテ浮子ガ沈ム故
疑似餌ヲイソイソト放リツツ
長竿ニテ鱒ノ引キヲ味ワウ也。

気力途絶ヘ納竿ス。昼也。
結果
疑似餌ニテ鱒一尾
餌ニテ鱒三尾、ウグヒ一尾也

疑似餌ニテノミ釣行二訪レル折リ
鱒ノ存在ヲ否定スル我在リ。
否、
湖面ノ下ニハ数多ノ鱒在ルコト
本日ノ実験ニテ明白也。


増々ノ精進不可欠ナルコト明白也。
[PR]
# by rakkyouh | 2013-10-22 23:12 | トラウト

木彫り。

久々にアシストフックを作るために棚から必要な道具を取り出す。
最近目にしていない彫刻刀やらが目に入る。
ミノーを作るはずのバルサが、片隅に長いこと放置されている。
むむむ、
ミノーなど忘れ
気持ちがままに鱒の姿を彫りだしてみようと思った。

結果、なかなかに
矢口高雄の描いた鱒のように、気高く、強靭、排他的な雰囲気が出たかと。



f0167000_1859297.jpg

f0167000_1854378.jpg

f0167000_18553732.jpg


f0167000_18565891.jpg
f0167000_18582370.jpg
f0167000_18573883.jpg



f0167000_1913059.jpg

f0167000_1963252.jpg

[PR]
# by rakkyouh | 2013-09-29 19:12

♪湯ノ湖のメモリー

♪  硫黄の香りを 楽しんで 
  南風の アイ ミス ユー

  地元で過ごした 誰にも会わずに
  いろは登って 北へ向かうわ
  虹鱒に伝えて 今でも好きだと
  カワマスに伝えて 遊漁料返して 
  
  湯ノ湖のメモリー 一日2千円は
  寄せては返す 波のように 激しく

  来てよ このルアー 飲み込んで
  ウェーディングした アイ ミス ユー
  来てよ スプーン捕まえて
  カケアガリの マーメイド
  ネイティブ化した マーメイド

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  キョンキョンの歌に合わせてどうぞ。
  
[PR]
# by rakkyouh | 2013-08-18 21:23

脳みそ

さて
脳みその構造である。
養老氏曰く、
目が何かを見て、脳みそが身体を動かす。
この”見る”と”動かす”の合間にあるのが脳みそで、それは知覚と運動の変換機的装置である。
その合間がデカイのが人間の脳みそで、
オオサンショウウオなどは、身体がデカイ割りに脳みそはタバコの直径程もないという。
ある現象を見て(知覚して)身体を動かす(運動させる)間の
コンバーター的役割が脳みそであるから、
その単純さがこの2個体では大きく違うというのだ。
どうしてこんな風になってしまったのか?

以下、私的妄想。

1. 釣りをしているとき

大魚を狙いつつも、釣れたのは小物である。
周囲を意識し、フンと鼻を鳴らしリリースする。
ここにおおきな脳みその恩恵、あるいは面倒さがあるのだ。
この感覚はスノッブな、いわゆる対人的要素が強い。
これは自分以外の目線がなければ成り立たない。
釣りをしていて魚が釣れたら常人は喜ぶ。
寒い湖に佇み、巨大鱒を狙う姿勢。
そう偉そうに書いているのも逆説的アピールであるが、
寒ければ寒い程よい。厳しければ厳しい程よい。
不便であればあるほどよい。釣れなければ釣れない程よい。
周囲に釣人のいる状況においての、あるいは
後日仲間に語るための、自分の振舞いの客観的考察、行動。
このような余計な感覚をもちうるのが大きな脳みそである。
逆に、江戸の頃では
小さいものに価値をもたせるタナゴ釣りなどが有名だ。
これは大きい魚を釣りたいという当然の心理に対し、
さらに一歩スノッブな姿勢を示した文化度の高い行為である。

自己の求める対象が、いかに他人より優れているか、粋であるか、
対他的アピールを常に探求するものこそ釣り人である。


2. どうしてこんな風になってしまったのか?

a. 周囲からの連想。

オオサンショウウオは井伏鱒二が描いたように、
孤独に生活し、我々的にみればとても突き詰めた哲学的な生活をしているものである。
しかし人間はなかなかそう孤独になれるものでもなく、孤独になったとすれば
社会に馴染めなくなるものであるし、まして生まれたときからそうあれることは少ないだろう。
人間は社会を作って生きる。
周囲を見渡せば群れを作る生き物も多い。
弱い物は強い物に対し、数で勝負する。草食動物の群れ、小さな魚の群れ、
それぞれ、少々の犠牲は付き物である。この場合、個々の存在は全く平等である。
また、蟻はどうか?
階級的地位が生まれたときから決まっており、働くもの、護衛、役割が決まっている。
この場合、階級制度に例えられるであろうが、今そのような感覚が世界的には
あるところとないところがある。
古くに、生まれながらの階級を決めた国、あるいは中国のように試験によって
出世を判断する国、二通りあったと言われる。
司馬氏曰く、日本ははるか昔のそのまた昔、後者を選んだそうだ。
上手くいけば、階級を超えた出世が期待出来る。
優れるための努力の結果が保証されれば、当然周囲より頑張る者が現れる。
階級が決まっていれば、頑張らない。受け入れる。
これには世界的な目で見ると社会システムによる地域差があるだろう。
また、気候も関係するだろう。蟻とキリギリスのように、季節等の先を考える必要があれば、
その分多くのことを考える蟻が出てくる。
群れであろうとすれば数で勝負し、蟻であろうとすれば明確な役割が決められ、
階級を移動可能な猿山的システムもある。
そう言ったシステムのなかで、色々なことを考える。これもコンバーターを大きくしただろう。
蟻が猿山的態度を取れば、働き蟻の強いものが護衛の蟻になりうるし、
働かない蟻が集まれば、数で勝負する平等となる。

大きく見ると、人の生き方は周囲の生物の例え、あるいはそのアレンジで成り立ちうる。


b. 歴史からの連想。

古代の流れをみる。群れを作って生きる先祖がいた。そして猿山のように順位があった。
火を発見した。ここで火を使って何が出来るかを考えた。工夫、あるいは遊び。
この時点ではきっと様々な試行作為が行われた。おそらく色々なものを燃やしただろう、
山一つ燃やしてしまい、失敗だったと反省しただろう。
火を扱う者が、周囲を支配した。これは魔術的要素が強かったろう。
これは、現代に置き換えれば、魔術=技術とも言える。
扱うことで周囲を圧倒し、支配する。
古代は土地や奴隷や食料、現代は金が目的だ。
このような他の動物にない目的が生まれ、考えることが増え、コンバーターはでかくなった。
ある一人のでかい脳みそを受け継いだ子孫がいた。
しかし、彼は土地や奴隷や地位に興味がなく、
それらに取り憑かれた他者を冷めた目で見、容量の余った脳みそで何を考えたか?
生きる理由を求め、宗教が生まれ、哲学が生まれた。
貪欲な金銭的欲求、深すぎる生きる目的の探求、はたまた、その極端な2点とは別に、
脳みそに共通する要素を算数として成り立たせていく数学者があった。
いずれにせよでかい脳みそは小さく戻らずに残っている。
情報が増えれば、言い換えれば知ること、体験することが増えれば、
その使い道が複雑化していく。

時代とともに、考えるルートは多様化し、一人がすべてを補うことは不可能となる。
脳は大きくなったが、全てを知るには生涯の時間がもはや足りていないとも言える。
今後ますます考えることは多様化し、専門的に学ぶ必要が増え、
一つのことに偏った人間が増えていくだろう。

c. 時間からの連想

世の中がグチャグチャゴチャゴチャしてきて、
刺激を多く受ける脳みそは、複雑なルートをもつことになる。
この複雑なルートを様々に試すのが若者であれば、
きっと壮年はこうであろうと絞り込んだ己の想ういくつかのルートを見つけ出し、
そして老年で最もそれは単純化され、悟りを開く。
直感的には、
単純化されたルートは鳥獣虫魚がするように、
自然に沿ったものになるはずである。
身体の動きが最小限で済み、無駄がなくなる。
思考も最小限に澄み渡り、無駄がなくなる。

脳みそは若くは様々なものを吸収するエネルギーに溢れ、
老いるにつれ、エネルギーが使われなくなった分、強く芯が通っていく。

現代の問題は、情報量が増え、複雑なルートを試す期間が長くなり、
脳みそが試行する量、期間が長くなる。
結果、絞り込みが遅くなり、若く見える大人が増える。
このバランスは、寿命と関係するであろうから、
単純化された老人の優れた真意を突いた意見が、これまでよりもでなくなる。
みんな悟りを開く前に死んでしまう。

何が起こるか?
真意を突かない多様化が起きる。

色々なことを考えなければ生き残れなくなり、
かつそれぞれが専門性を強めることで職の多様さと個別の深さがますます進展し、
思考が狭義に進化していくとも考えられる。


3. abcより。

釣り人がスノッブになること、
これは
a.群れにおいて個性を発揮する
b.専門性が増す
c.知識の多様化、増々の深化により考えが絞れなくなる
この流れは、ある特定の釣り、そのなかの同類の釣り師にたいし、
いかに強くあれるかを考えなければならない永遠の深みに陥ることになる。
「釣りはヘラに始まりヘラに終わる」
この言葉の意味することは、
己が若き頃、
他人にたいしていかにあるべきかをライバルの多い釣りから学び、
己が老いた頃、
他人にたいしていかに無関心であり、己と対話できるかによるもののように感じる。
若き頃のヘラと、老いたときのヘラ、
同じ魚であるが、
思考によって、対象となるヘラは全く別のものとなるのである。
若き頃はヘラを他人との競争においての結果とみなし、
老いた頃、それをようやく魚のヘラだと知ることが出来る。

サンショウウオは、ヤマメは餌であると初めから知っている。悟っている。
しかし我々は、若き頃はヤマメが単なる他人との競争道具であるところから始まり、
老いてようやくそれが単なるヤマメであると認識する。

サンショウウオの脳みその単純さが優れているのか、
あるいは
様々な思考をコネクリ回しもがいた挙げ句に、
それは単純なものだと悟る我々の脳みそが優れているのか。
遠回り、余剰と考えることも出来る。
しかし、結果はすべてもともとある自然のなかでの一コマであると考えれば、
長い時間を退屈せずに過ごすための余剰とも考えられる。

脳みそはこうした余剰な部分をいかに有効に使うかを我々に”思考せよ”と
挑戦しているようにも取れる。

さて、何から学ぼうか。
[PR]
# by rakkyouh | 2013-07-30 23:59

♪What a wonderful la〜ke!

f0167000_22334981.jpg

中禅寺湖。
今年の解禁は月曜日!?であり、曜日よりも4月1日の数字を優先されたことであろう。
本日、遅ればせながら2013初アタック!
今期は例年の解禁日の値段が通年でかかる。鑑札も三角形に大変身!
f0167000_22311552.jpg

さて、釣り始め、
万全の準備を施した我が道具類はビュンビュンと威力を発揮する。
未だ夜の明けきらぬ暗闇とこれからの青空の爽快さとの混濁の頃、開始後10分経過、
蓄光スプーン、フォールからのリフト時に生命反応!
20センチレイク!
さらに10分後、
先ほどよりも首振りの顕著な
35センチレイク!
どうやら、普段よりも軽いスプーン、自分のエネルギー消費を抑えた
小刻みなリフトフォールが効いているようである。
その後反応が薄くなり、場を休めるべく、
移動しながらのリフトフォール。
1時間経過。
解禁時ゆえ、気持的にもスロー、
ユラユラとスプーンは手前のカケアガリを抜け、戻ってくる。
ただ巻きの動きを再確認しながら回収に入る。
そのとき、スプーンの背後に魚影が!
この魚影は
普段99パーセント、幻影の反射のもたらすカリソメであるが、
今日は違う!確実に魚だ!しかも、首を振り、喰らいつく!
53センチレイク!
f0167000_22315970.jpg

2メートル手前でのバイトは、5年の経験で初めてである。
3匹目。
もとの位置に戻る。
ここはちょうど自分から見ての垂線的カケアガリと
岬のために横方向の平行線カケアガリが織りなす3次元カケアガリである。
今日の手法、チョイチョイリフトフォールを心掛ける。
場がやすんでいたためか、
再び
35センチレイク!

全てが手前で掛かっている。
再び続ける。
いまだ時刻6時30分。
するとまたリフト時に重みが。
これは重い!
期待出来るサイズ!
大物用ロッドが小さく感じる!不思議だ!
上げてみれば自己記録更新!
60センチレイク!
f0167000_22331417.jpg
f0167000_2232395.jpg

その後も30から40の2匹が釣れ、
そのとき朝8時半。
7匹である。
ここは管理釣り場か!?

その後は風がやみ陽がさし、釣れないモード全開のため、
仮眠。
目が覚めると、もう少し粘れる気力を得ていることに気付く。
場所をおおきく変える。
キャスト。
カケアガリが遠く、スプーンを沈めれば根がかり間違いなしの場所を
表層ただ巻きで試す、
なんとバイト!いきなり走る!
結構な重み、これはブラウンか!
と思った瞬間、糸がプツンと切れる!
な、なに!!!!
レイクの歯によって痛んでいたラインが
スナップの手前で切れていた。
なんともはや、いい気になっていた自分を反省させられる結果である!
この手法を試すも、その後は効果なし。
とはいえ、一日7匹、そして自己記録更新!
What a wonderful day!
What a wonderful lake!
[PR]
# by rakkyouh | 2013-04-04 22:38


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
以前の記事
2017年 04月
2016年 12月
2016年 02月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 01月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 06月
2014年 04月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 04月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 06月
2008年 05月
お気に入りブログ
その他のジャンル
最新の記事
2017 中禅寺初詣
at 2017-04-03 22:08
新潟 荒川の鮭
at 2016-12-11 22:59
アシストフック美学
at 2016-02-20 19:20
過剰な道具と夏の終わりの中禅寺
at 2015-08-30 18:15
ALASKA
at 2015-08-16 17:49
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧