楽響



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放浪鱒の昔話

通りすがりの放浪鱒に聞いた

それはそれは昔のお話です




昔々のことでありました

とある山の上の大きな湖に

一匹の大きな大きな鱒の鱒太郎が暮らしておりました


幼いころから大きな身体でスイスイ泳ぎ

大人でさえも鱒太郎にはかないません

なにしろそんな鱒太郎のことですから

えさの捕まえ方もミルミル達者になり

ほかの誰にもできないような見事な動きでえさを捕まえます

周りの鱒たちもその見たこともない動きにたいそう驚き

みとれております


そんな驚く鱒たちをみたものですから

鱒太郎は得意になるのも当然です

ある日

「ようし、もっとどんどん上手になって驚かせよう」と

見たことのない動きの練習にはげみました

何年も何年も

えさを捕まえながら

身体をひねったり

グルグル回転したり

上に向かって跳ね上がったり

それはそれはもう種々の技を身につけていきました


もとより鱒太郎は

一つのことに打ち込む気質でありましたから

えさを捕まえては

ああ上手くいった

ああ上手く行かなかったなどと

毎日のように考えて

次の日のえさの時間に臨むのでした


そんなことですから

お花見や七夕や十五夜の月の日などの

湖中の鱒たちのあつまる宴会などにもいくことがありませんでした


鱒太郎のいない

とある宴会の話に聞き耳をたてますと

やれあの鱒の夫婦に子ができたよ

とか

狐岩の鱒吉がなくなったよ

とか

今年の熊岬ではいつもより小魚が多くいたよ

とか

狸浜で鹿の足を初めて見たよ

とか

それはそれは楽しい話で盛り上がっております


一方

鱒太郎の方は相変わらず

今日の朝の動きは

ああした方がよかっただとか

こうした方がよかっただとか

一人大きな岩の下で考えながら眠りにつきます

その体は他のどの鱒よりも

はるかにはるかに大きくなっておりました


湖中の鱒たちは

催しごとなどを通じて皆仲良しです

朝や晩などのあいさつも

なんだかんだとついつい長引きます


一方

鱒太郎の方は相変わらず自分の鍛錬に励みます


ただ

周囲の鱒たちはもう

鱒太郎の変わったえさの取り方を見ることに

とっくのとうに飽き飽きしておりました


ですから

鱒太郎の方も

もう周りの目を意識することもなく

いかに自分の思い描く動きが出来るかに必死になりました


そういう時間が続きますと

ますます鱒太郎と話の合う者がなくなりました

そこそこ素早い動きでえさをとる者なども

あまりにも尋常とかけ離れた鱒太郎の動きには

いくらなんでもついていくことが出来ませんし

どうしたらいいのかと教えてもらっても

鱒太郎の話は難しくてさっぱりわかりません


鱒太郎はついに引っ越しました

誰も住まない

えさをとるのがとてもとても難しい場所です

新しい動きを身につけるためです


鱒太郎は孤独になりました


ある夜

眠りにつこうとすると

はるか遠くから宴会の声がかすかにかすかに流れてきます

鱒太郎はウトウトしながら

ああ

これほどえさのとりかたを突き詰めることが

果たして自分にとってなんだったのだろう

周りの普通の鱒達はあのように楽しそうに生きているではないか

いっそ自分もあのように生きればよかったのではないか

そんなことを考えながら

いつの間にか眠りにおちておりました


とある年のことです

毎日のように激しい雨が降り続きました

毎日のように湖の水は増え

毎日のように強い風が吹くものですから

湖の水はかき混ぜられて全体に茶色く濁り

何も見えなくなりました

そしてとてもとても寒いのです


えさがすっかりとれなくなりました

かつて鱒太郎の住んでいた近くの鱒たちは

すっかりやせてしまいました


しかし遠く離れた岬の鱒太郎はどうでしょう

まだまだ新しい動きを考えたり

誰もいかないような未知の場所に行ってみたり

ありとあらゆる方法を使って

十分に食べることができました


あるとても寒い夜

鱒太郎のもとに一匹の鱒がやってきました

はじめはわかりませんでしたが

よく見れば昔の住処でよく遊んでもらった老翁鱒です

とても痩せています

そしてその後ろには昔の住処の見慣れた仲間たちがついてきます

彼らもとても痩せています

老翁鱒は

どうか我々を助けてくれと鱒太郎にお願いにきたのです


次の日から

鱒太郎はみんなのために必死にえさをつかまえました

来る日も来る日もつかまえました

鱒太郎の動きは何かに取り憑かれたように素早く冴え渡り

毎日毎日信じ難いほど多くのえさをつかまえました

そうして

仲間達はすっかりもとのように元気になりました


ある鱒は当時を思い出しながら

いったいどうするとあのように動けるのかさっぱりわかりません

まるでそれは怒り狂ったけもののようであり

一方でとても神々しく神聖で美しいものでありました

などと言っていたほどです


月日が流れ

湖もゆっくりと元の姿に戻りつつあります


ある月夜の晩

鱒太郎は老翁鱒と並んで眠りにつきながら

ゆっくりとゆっくりと語りかけました


己のために技を磨いていたときはわからなかったが

きっと技とは誰かのために使って初めて役に立つのだ

技を磨く時間が長ければ長いほど

大きな力を出すことが出来る

その過程で私は心が折れかけたが

それに耐えてきた甲斐があったものである

一方で

小さな技をたくさん使う者があることもわかった

彼らは普段からコツコツと誰かの役にたっているからだ

おそらくこの世は

足すことも引くことも出来るようでありながら

太古からすでに

全体を見れば凸凹のない

おおきく満たされた一つの輪なのであろう


老翁鱒は

夜空に浮かぶ黄色の三日月を

半分に閉じた薄目に眺めながら

うっすらと笑い

眠りにつきました


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by rakkyouh | 2015-06-26 22:41


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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