楽響



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年の瀬に2

世の優れた事例をみてみる。
スポーツ選手、職人、画家、作家、起業人、文人、音楽家、
大方単純な意志を貫いたものがそれに当てはまる。

魚釣りは個人の鍛錬の結果である。
単純な意志の試行錯誤の結果である。

人と人とが関わった瞬間、
これらはまずくなる。

例えば、
我の釣りが他人の手法によってねじ曲げられ、
新しいと言われた手法を試すことを余儀なくされ、
結果たいしたこともないのに、
それがいいものだと言わされているようなものである。

多くのことが、
このような例えの方程式にのるのではないか?

唯一の打破。
それは優れた人物の采配であろう。

あまりにも宝くじ的な。

南無。
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by rakkyouh | 2014-12-26 22:57

年の瀬に

脳みそ的にコダワリを求める傾向の人間は
時間の許す限りその答えを求め、
見いだしたなら、早速に飽き、
新たな壁を見い出し、新たに答えを求める。

この螺旋において、
過去の道半ばにおいて、本など読めば、
先人の知恵に共感し、そこから今置かれた実情を把握し、
なるほどこういうことかと気付いた経験があるはずである。
しかし、
その先を見いだすには、一体何が必要であるのか?

絶望を見いだしたならば、自害也。
過去の物書きなどに多くみられる例である。

精進を見いだしたならば、邁進也。
スポーツ選手、職人の方々などに多く見られる例である。

どうやらどちらもその先には孤独が待ち受けている。
死。あるいは共感なき世界観、肉体の衰退。

ただし、共感なくとも、賞賛はある。
死を選んだものは、よほどの強固な意志であったと言って間違いない。
賞賛は凡人の偉人への共感であるから、一時の喜びなれど、頼りない。

凡人の賞賛を受けるのが苦手かつ、生存した者は、
間違いなくコダワリの者である。
精進を目指す性質の持主である。

そして、
共感なき世界感を生き、ハスメに無味無臭の賞賛の対応をし、
己の真髄を探求すことがあるとする。

さて、現代においてそれが
ビジネスにからまらず、その探求を求め続けた結果とは、
いかようなるものなのか。

我その結果を欲す。
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by rakkyouh | 2014-12-26 22:44


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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