楽響



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鹿の話

数年前、秋も深まる頃
通い馴れた湖の岬に立ち竿をふっていたときのこと。

その日は周囲に人はおらず、また、決して魚の気配もすることもないまま
いつもの焦燥感が広大な景色を覆い始めていた。
ふと、
突然何かが背後からガサッっと落ちてきた。

それまでガサガサと気配を感じた経験は、
薮のなかの鳥の気配、猿の気配、そんな程度であった。

しかし、そのときの状況は違った。
大きい。
背後には約10メートル程の急勾配の薮、その上に一車線の狭い道、
その上は再び急勾配の山の斜面がある。

その音までの横方向の距離およそ20メートル、
反射的に頭を向けてみれば、
鹿だ。

薮の勾配を恐るべき速度で下ってきた鹿は、
そのまま湖へ飛び込んだ。
その速度は速く、かなりの跳躍距離で勾配を下り、その勢いで湖へと飛び込んだ。
およそ数秒、身体のほとんどを水に沈めたあと、岸に上がり、
元来た道を、今度は一転、悠々と戻り始めた。

この珍奇な騒動に遭遇し、自分の取れた行動は、
ただポカンと口を開けるだけであった。

これでは魚が逃げてしまったではないか!などと
自分本位な怒りを感じてみたものの、
よもや鹿が常に釣り人に気を配っていることなど
普段からあり得ないと考えれば
これは仕方のない珍現象だと納得し
再び竿を振ることにした。

当然釣れることもなく、ふとポカンとしたままの口に気付き、それをよいしょと閉め直していると
何やら鈴の音が二つ程響いてくる。

これは何かと目を向けてみれば、
鈴を付けた小振りな犬が二匹、
薮から現れたではないか。

犬は匂いを嗅ぎながら水辺へ近づいていく。
水辺に付くと、明らかに困惑した体でぐるぐる回り、留まっている。
そこは先ほど鹿の飛び込んだ場所に寸分狂いのない位置であった。

果たしてこれは、鹿を追ってきた猟犬だった。
数分後、山にコダマする笛の音が響き
猟犬達はその方向へ再び戻りはじめた。

まず、なるほどそういうことかと納得した。
しかし次に、なぜ鹿がその行動をとれたのかが疑問として残った。
誰がその匂い消しの手法を教えたのだろうか?

よく熊撃ちの本に、
熊は自分の足跡を後退しながら辿り、
追跡者を煙に巻く、あるいは反撃するとある。

こういった彼らの技術は
どういった方法で得られるのだろうか?

まずひとつ、彼らも知性を持ち、
これまで人間同様生きながらえてきた。それだけは確かであるから、
我々本意の優劣など、つけるに値することではない。

はたしてこの先、どちらの知性が生き残るのであるか?
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by rakkyouh | 2012-11-23 00:05


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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