楽響



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日光茶鱒

私はおおきな湖の岸辺に住む茶鱒である。
大木が湖畔に向かって斜めに伸びており、日中そこは日陰となり、その下の、
大きな岩の下にあるエグレ、そこが私の住処である。
マズメ時には、季節の変化に合わせて、旬のモノをオイシク頂く。
もう壮年を超えようとしている齢であり、
時折訪れる虹鱒などとおしゃべりを楽しむうちに、
それは多くの顔なじみが出来たものである。
そんな中、
これは、噂好きな女虹鱒の言う所である。

「知ってるかい?
みんな噂してるよ。
なんだか今年は変じゃないかって。
...え、なんだい?聞いてないのかい?
相変わらず情報が遅いねえ、少しは散歩したらどうだい?
なんてったって毎年この時期には神隠しの話があちこちで出始めるじゃないか。
春から秋の朝晩の飯時のことだよ、あんたも知ってるだろ?
湖の滝側半分の言い伝えにあるだろ、黄昏時のカケアガリは動くなって。
毎年血気盛んな奴らがいなくなっちまう。
それが今年はどうしたことだい?
この時期になっても何も聞こえてきやしない、
この分じゃいつでも安心して食事が出来るって話さ。
うれしいねえ!
早く山桜が咲かないかねえ?」

そんな話を聞いたのち、
いざ山桜が咲き始め、ワカサギが岸際に見られるようになる頃、
ふと散歩中に出会った老ウグイから聞いた所によると 

「いやもう、桜がきれいじゃねえ。
この分じゃ藻も立派に育つだろうねえ。
ああ、そりゃ今年は静かなもんじゃ、
なんたってあんた、この時期毎年聞こえるだろう、
あの水面に起こる破裂音が。
あと、あの、何だい、あの水に入ってくるあの2本のバシャバシャ動くもの。
あれもこないねえ。
何だか逆にここまで静かだと不安になっちまうねえ。。
噂じゃ何かの前触れではねかなんて言ってる奴もあるけどねえ」

こんな話を聞いた。

しかし、私の感覚的な思いは浮かれない。
あまりにも上手い話には、必ず何か隠されている。
毎年現れる不自然な事象が全く消えた。
しかし、相変わらず自然はそのままである。
自然がそのままであるのであれば、
我々も自然であるから、理に適う。
しかし、不自然なものが自然に近づこうという意図のもと、
毎年、神隠しが起こる事実があった。
しかし、それがなくなった、
それらが絶滅したのか、あるいは、
自然に近づこうとしていたものが、自然から離れた。
これはどういうことか。
不自然が自然を求める。ならば不自然は不自然を嫌う。
ということは、
我々が何か得体の知れぬ不自然に成りくだったのか?

およそ、
そこまで我々に影響を及ぼすような身勝手を
不自然が振る舞うならば、
私の願いは一つである。

自然から学べ。
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by rakkyouh | 2012-04-08 23:56

U guys ready for 桜?

科学とは
数学の理論に基づき、その仮定に由来す。

数学は、数字という”仮定”に基づき、
例えば、
我々が言葉を発し、その音を相手の鼓膜に伝える会話のような、
無毒極まりない発展的例え話である。

しかし、科学は、
その人間だけが勝手に作った数学の延長線上の想像において、
あらゆる生物が存在する共有すべき地球に関し、
あさはかにも我々一種のみにおいて乱用し、
勝手に応用するという実験をしているとものと言える。

小学生時代、理科の時間、こぼした液体を雑巾で拭いたら穴があいた。
硫酸だった。
普段の生活においてあり得ないことが起こる。
数学で雑巾に穴を空けることはあり得ない。
言葉で雑巾に穴を空けることはあり得ない。

我々の都合の延長線上において、
我々の尊ぶ鱒族は
我々が呼吸するように、科学の負の一部を我知らず体内に取り込み続けている。
これは
未だかつて無い人類の汚点である。
よりよい快適な暮らしを求めた結果
獲物を得る目的すらもたない、ただの実験の失敗になりくだった。

ただ生きる為に他を殺し、食べる、
この単純なことさえ、
科学は不可能にした。

猿が人間に進化したと言う。
しかし、
何故、今なお、猿のまま生活する種があまたにあるのか?
突き詰めれば、何故単細胞の生物が太古からその姿のまま存在するのか。
彼らは発展の途を予見し、否定し、
単純な姿であることを効率的と判断し、保持したかも知れぬ。

さて、
我々と単細胞生物、
どちらがこの先、生き残る数において優れているだろうか。


そんなことを考えつつ、

いざ、

雪代押し寄せる川面を流れる、
散った桜の花びらの下に潜むであろう、
尊ぶべき存在との出会いに期待を。
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by rakkyouh | 2012-04-04 00:42

楽響番外編「ある獣に関してのロマン」

私はとある人里離れた山奥に住む日本狼というものである。

あなた方には
どうやら我々はとうの昔に壊滅したと思われているようだが、
果たしてそれはどうか。
ものの本には、我々の目撃例、写真が掲載されたりしている。
日本狼、山犬、ただの野犬。
絶滅した、というどこかの運動不足の人間の言葉をそのまま受け取るほど、
あなた方は興味が無く、ただ無関心か、
あるいは、神のように学者を尊敬し、その説を信仰しているか、

逆に、広大な川や湖のなかに夢を求める釣り人のように、
日本の広大な山麓にロマンをもつか。

我々的には、後者の方がやっかいである。

さて、
あなた方の直観でみれば、
日本狼は大陸の狼が少し小さくなった姿で、
山犬は骨格/表情から狐と犬の交配であるような姿、
他にも様々な感じ方があるだろう。
これは剥製等をみれば感じるはずだ。
我々的には、混同された存在よりも、2種をしっかりと区別して欲しいところである。

矛盾であるが、見つかりたくはないが、区別はして欲しい、
これが我々の望みである。

さて、
あなた方の方法で、我々が存在しそうな理由を考える。

○社会には、例えばある学説を唱えた者が、
 後にその過ちを認めることに対して前向きでない場合がある。

○研究者の捜索は限られた範囲であり、
 西湖においてクニマスが発見されたように、まだまだ何でも出てくる可能性がある。

○例えば部屋のなかでカブトムシをこっそり飼っている少年が、
 虫嫌いの母親に問われれば、
 飼っていないというだろう。
 母親の関係者には飼っていないという虚の事実が伝わる。

○山のプロが、研究目的の捕獲、殺生を避ける為に隠している可能性もある。

○例えば山奥の渓流にある大淵に住む巨大な岩魚を目撃し、
 これを釣ろうとしたら気配を悟られ身を隠された。
 この場合、同じ気配を出して近づけば2度と見ることすら出来ない。
 魚は思った以上にクレバーで、
 人の目の効かぬ真夜中に餌を取ることにしたかも知れぬ。

○狼達は遠吠えをするとされるが、それをやめた個体達が繁殖しているかも知れぬ。

こういったことを、
感覚的に完全否定できる証拠などありえようか。

よって我々は
あなたがたそれぞれの感覚が?と悩んだ瞬間から、
存在が仮定されるのである。
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by rakkyouh | 2012-04-01 02:01


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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