楽響



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楽響番外編 「鮨」

鮨を見る。美しい。
鮨を食う。うまい。
鮨を見る。美しい。
鮨を食う。うまい。
繰り返し
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さっとつまんでさっと帰る、そんな言葉もあったなあと笑いつつ、
つまみを十二分に食った後に、店に長居して、単純な感覚に喜んで、ふと思う。

何故美しいか。
それは最近見た美しいもんと言えば魚と鮨くらいな、
うれしいやら寂しいやらな感覚をもつ私にとって、
その二つから推測する以外ないのである。

所謂それらはどっからぶった切っても輪っかなのだ。
横に切ったら輪っかが見えたが、
縦に切ったら四角くなったなんてアベコベなものでないのだ。
海苔で巻いたものや、回るスシ屋の魚の角切りが載った様なものは、
縦に四角く切れる角度があるので、無粋にあてはまる。
考えてみれば、生き物なんてのはだいたい輪っかで出来ている。

何故輪っかが美しいか。
きっと重っくるしい大気の、そりゃもう何ヘクトパスカルを押しのけてみせるだけの力を、
洒落た余裕をもって最小限で実現しているからだ。
四角く出来たもんは、素材の力にたより、なんとか大気を押しのけているが、
洒落た余裕が感じられないのだ。よってたよりない。
およそこの世に切ったら四角くなるものなんて、人様が作ったもの以外見あたらない。
四角は、たよりない都合である。
輪っかは、洒落た余裕を伴う、粋なものである。

およそこの感覚で万物を例えてみれば、

どっから切っても輪っかの形かどうか、
すなわち余裕があるかどうか、
結局のところ粋かどうか、美しいかどうか 

なんてことが瞬時にわかってしまうのだ。


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by rakkyouh | 2009-06-30 00:13

アナザーワールド。

脳科学者・茂木さんの本を読んで面白いと思ったのである。
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ということで、現在は数学的な理論に基づき過ぎていて、感覚的な部分が全く解明されておらず、
それってどうなの?という内容。私自身、これまで授業で理科や算数を学ぶ程、物事は全て理にかなっているのだなあと感心させられた。飛行機が飛んだり、原子力とか、その他もろもろ、今でもコピーすらすげえと息を呑むばかりである。しかし、法則や理屈では説明がつかないのが心であり、感覚だ、と。なるほど。確かに考えれば考える程不思議だ。心が宿っているのは各々自身で確かめることが出来ること以外、あとは何も説明がつかないんだって。そう言われると色々考えてしまう。算数や理科で習って当たり前であると思ってたことは当たり前の現実として、そこから離れたことを。

以下、そんなことを考えてたら、全然関係ないけど頭に浮かんだこと。

心があることは結局自分にしかわからない。他人の心があることは分かれど、知ることはできない、なるほど。ということは、この世界は一つでなく、心をもつものの数だけ存在する??どういうこと?

個人の強い思い込み、大きく見れば集団的な精神誘導などで、彼らの世界は歪む。そんなトランス状態みたいな力を利用して、昔の人はとんでもない建造物を造ったのではないか。数学とか法則とか関係なしに。

幽霊は信じないが、霊という概念でなく、現実の生命にも全然関係のない、通常我々の5感に全く反映されないもの(見えないし触れないし)が存在し、1万人に1人くらいなんとなく気付いちゃう人がいたりして。これを第六感という・・・?

物質のそれはそれはちっちゃい単位である原子のなかには、いわゆる銀河系なるものが存在する。
そして、その中のちっちゃい単位でみた原子のなかには、いわゆる銀河系が・・。無限ループ。


・・・妄想はふくらみ、頭が混乱し始める。
こんなうやむやな非現実的な世界を想像してみるのも、科学的かつ理屈っぽく、一部金銭的..な秩序で成り立ち気味の社会においては、釣り並みの気分転換であり、ロマンであると、
ふと酔った我思う。

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by rakkyouh | 2009-06-17 23:28

魚拓4

魚拓3に続き、レイク再び。
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中禅寺湖 13番周辺 50cm


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回想

愛用ルアーの代替え品が想像以上に素晴らしく、
カジカ蛙ほのぼのと鳴く中禅寺湖にて炸裂。

そして今回は明確なアタリと、逞しい引きを味わうことが出来た。
魚体は前回の同じサイズのものよりも体高素晴らしく、
頭も立派な大きさで、身体のバランスがよい。

こうして代替えルアーは、
私に新たなテクニックを教えてくれた。
結果が伴ったことで不動の4番へと昇進させる。

しかし新しい4番バッターは、
試合再開の5分後にすでに、
私のタックルボックスよりも高い契約金を湖底からもらったようである・・・。
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by rakkyouh | 2009-06-11 22:59

釣魚回想 

12、3年前か。
地元に帰れば近場の渓流において5mの延竿を振り回していた頃の、未だ忘れ得ぬお話。

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まめに雑誌に顔を出す里川とも渓流とも言える河川が近場にある。
車を止め田んぼを遠目に見ながら川へ下ること1分。
行けば流す筋は決まっていて、気に入りの流れを3つほど念入りに試すと、帰る。
たまにはそこそこの山女魚がでる気軽な場所。
盆も過ぎた頃の、そこでの思い出。

いつものように短パン&サンダルで地元っぽくラフな感じで気になる筋を流す。
5mの竿でも持て余す程の川幅だ。

数投後、流芯でふとセルロイドの矢羽根が停まる。よし!と合わせる。
しかし動かない。
・・根がかりか・・、切ろうとすると、スッと5センチ程動いたような気がした。
色々考えた結果、万が一、魚である場合を考え、
確認の為に石を投げ入れるという結論に達した。

どうせなら派手にと、1キロ程の石をどぼん!

その瞬間、
激しく目印が移動する!

5mの愛竿は釣針を逆さにした様に湾曲し、糸の引っぱり張力ギリギリで持ちこたえる!
魚に合わせて石の上を飛び回る様はまさに三平だ!
「でっけーなや!」
移動すること数分、恐れていた下りが始まる!夕暮れ間近の逆光、
水中が見えず、己の走る速度のみが鈍る、魚は依然走る、竿だけは角度が水平に近づく・・!

プチッ!!

夕暮れオレンジの水面に平行に横たわった竿が、絶望の音色を奏でた。

興奮冷めやまず大きく開いた瞳孔から、心の内までを夕日に照らされ、
あまりの強敵の出現と、敗北を告げるオレンジ色に、南無・・。


翌日。

再び同じ場所へ向かう。
竿も持たずに、余韻の残る川へ降りる。
昨日のポイントの少し上流には、30cm程の落差のコンクリート堰堤がある。
何気なくその下の淀みを見る。

いた!
昨日の勝負は、思った以上に相手を弱らせていたようだった。
でかい!

我がひねくれた思考は、狩猟本能そのままに、あらゆる手段を捻りだす。

一度家へ戻り、再度淀みへ訪れる。
用意した仕掛けは竿先から1,5号を伸ばし、巨大なルアーから外した3本ばりを直接結び、
そのすぐ上に巨大なガン玉を取り付け、その付近に蛍光の目印を付けたものだった。

勝負は一瞬だった。
気がつけば足下に40cm超の虹鱒が横たわっている。
盆の漁協の鱒釣り大会の残りであろう。

しばらく考える。こいつをどうしよう。
石で囲いを作り、鱒を横たえ、考える。
今でも覚えている、そのときの時間の長さを。
狩猟本能の結果と、その後の命のやり取りとの対峙。

未だ忘れられないこの時間。

結局、このときは自慢と言う強欲に負け、地元の友だちを呼んで、
賞賛の言葉を頂きながら、別の河原で捌いて焼いて喰ってしまった。

ただこの時、
私はこの鱒の一片すら口にすることが出来なかった。
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by rakkyouh | 2009-06-03 21:59


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
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