楽響



過剰な道具と夏の終わりの中禅寺

夏の休みの夢幻の思い出は

ひとたび日常に戻れば全てが空ろの虚ろである。

ふたたび現実の生活で満たされつつある部屋に居り、かつ

幻を現実へと引き戻す反芻の余裕がない精神状態においては

蝉の鳴き声も止み、コオロギなどが唄い始める夜ふけの頃に

夢幻に同行した屈強な道具達がボソボソと小言を始めるのである。


「ああ、

我々の今後の役目をなんとなさる、このままではあまりにも苦悶じゃわい、

酒など舐めている暇があればはよう決めなされ!いざ、いざ」


道具達は未だ傷のない身体を煌煌と輝かせ、

毎晩のようにボソボソと、長々と、騒ぐ。


「そうだな、

ちと寒いが、新潟の方に秋味釣りにでも連れて行くから

それまでちょいと我慢でもしていなさい」


などと、季節が先の話をすれば、


「ああ、我が身はそんな先までこのままか!きっと耐えられるものではないわい!

はようどこぞやに売りつけて自由にさしておくんなまし!」


などと、

ますます皮肉のような光をメラメラユラユラ放ちだすものである。

仕方がないのであれこれ他の手持ちの道具をひきずり出し

何か面白いことでも出来ぬものかと酒をすすりながら考える。

酒を足そうと立ち上がろうとすれば

そのとき

多種多様がひしめき合う混沌の疑似餌箱から声がかかる。


「もしもし、旦那も大変そうだね、

あんな道具らはそうそうこの辺じゃあ扱えるもんじゃねえ、

どうだい?俺と一緒に使ってみては?少しは役に立つかもしれねえぜ」


声の主は45gジグである。


なるほど、…… 、

ひとつ、試してみることにする。

過剰なリールに25lbPEを巻き直す。ふふふ、と楽しくなる。

間違いない。

未知の結果が待っているであろう良い閃きである。

道具達も静かにしているように見せながら、

内心相当に心が躍っているようである。


いざ、釣行。

湖畔で車を降りれば、驚くことに、鱒の匂いでいっぱいである。

間違いない。ふふふ。

夏も終わりの心の読めない、小雨に虚ろな湖面に

かつてない飛距離でジグを突き刺す。

糸はこれまでにない速さで吸い込まれていく。

そしてこれまでにない速さで湖底に到着する。手返しがよい。

涼しく深い湖底で戯れる鱒達よ、申し訳ない。

巻く、止める、巻く、止める、

巻く力は強力で、かなり楽々である。

コツリ、

通常では到達出来ない距離での明確な魚信。

すかざず合わせる。

掛かる。

引く、引く、そうか、春以降、

暖かくなるにつれ、鱒の強さは上昇し続けるのだった。

手前で強烈に突っ込む。駆け上がりだろう、藻の中に行きたいのだろう。

まてまて、ふふふ。

今日の道具をみよ。

無敵、屈強、壮烈、糸など微塵も出させるわけがないのである。

45cm程度のものを2匹釣る。

この大きさでこの引き、夏の終わりの鱒達は

想像以上の強さであった。

およそ5時半から1時間のなかでの出来事。

そうそうと8時には引き上げる。


今晩、夜更けに道具達はまたささやくだろう。


「また行かぬかい?」







[PR]
by rakkyouh | 2015-08-30 18:15
<< アシストフック美学 ALASKA >>


気品溢れる鱒族を求めて。自己満足型随筆集
以前の記事
お気に入りブログ
その他のジャンル
最新の記事
2017 中禅寺初詣
at 2017-04-03 22:08
新潟 荒川の鮭
at 2016-12-11 22:59
アシストフック美学
at 2016-02-20 19:20
過剰な道具と夏の終わりの中禅寺
at 2015-08-30 18:15
ALASKA
at 2015-08-16 17:49
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧